勘ぐりと、歪んだ妄想愛
入院から2ヶ月と二週間程度経過した辺りだっただろうか。

男性患者と女性患者一人ずつが、この閉鎖病棟に同時に入ってきた。

M氏 : 大学生。年齢は自分と一緒。
     調子が悪くなると足が言うことをきかなくなるみたいだ。

Kさん: 30歳付近だと聞いてもいないのに聞かされた。
     もう15年位の間、この病院でお世話になっているとのこと。
     初めて話した時に 運命の人を見つけた と言っていた。

少し前に 三段BOX物色・お茶に異物混入事件 に遭っていた為、
もう何か面倒が身近で起こるのは嫌だったのだが、また小さな事件はいくつも起こってしまった。


M氏とは年齢が近い事もあり、話が合うのでよく喫煙所で会話をしていた。
M氏「最近処方が増えた」と言っていたが、俺はあまり気には止めなかった。

喫煙所で、当たりさわりの無い会話をM氏と毎日していた。
その内に気になった事が一つ

M氏のテンションが日を追うごとに上がってきている。

彼は元々こういう活発な人で、治療が進んで元の元気な状態に戻ってきたのかなぁと思い、
とりあえずテンションの高さについては、何も言わないでおいた。

しかしその後もM氏の気分はぐんぐん上昇していった。
そしてある日。

病室からホールにある喫煙所に向かう途中、ホールが何やら騒がしかったので
様子を見てみると、M氏が「監視カメラが!」とか「監視されてる!」だの必死の形相で喚いていた

そして余裕の無い表情で必死にそう喚いていたかと思えば、
数秒後には何事も無かったかのように落ち着いた笑顔で、ホールに居る他の患者さんに次々と
「お加減いかがですか?」等とフレンドリーに話し掛ける。
その内またハッと気が付いて「こんな事をしている場合じゃない!
この病院の喫煙所には監視カメラが付けられてるんだ!」や
皆気を付けろ!」なんて喚きだす。

でも喫煙所内部に監視カメラはどう見ても付いていない。火災報知気が天井についているくらいだ。
後はヘルパーさんが喫煙所内で掃除機を使用する際に使うコンセントがあるくらいか。

しかしM氏は、喫煙所内のコンセントの中に盗聴器等が取り付けられており、
やはり監視されているのだと言う。

周りがいくらそんな事は無いと訂正しても聞く耳を持たない。
多分監視されている、盗聴されているのかもしれない、
というような思い込みが行き過ぎて確信までいってしまった、妄想である。

やがてホールへ看護士がやってきた。
M氏は自分を捕らえに来た看護士から逃げようとしたが、足の調子が悪かったらしく
走り始めたはいいが、止まることができなくなって壁に顔面から激突してやっと静止した。
俺が大丈夫かと声をかけると いたい と素直な感想を述べてくれた直後、
彼は保護室へ連行されていった。

後からこっそり看護士に聞いたのだが、あの時のM氏は躁状態だったとのこと。
躁状態になる少し前に、M氏本人が薬が増えたと言っていたことを思い出す。

M氏に元々躁の気があったのかどうかは聞いてはいないが、
S病院で忠告をくださったおばさんの患者の事と、実際に躁状態になった自分の例もあるので、
多剤大量処方躁状態になってしまう人は結構多いのだと思う。

その後、彼は俺の退院三日前の日にやっと保護室から解放されて閉鎖病棟に戻ってくる。
出てきた時にはまた元の?落ち着いた彼に戻っていて安心した。


妄想と言えばもう一つ、こんな出来事があった。

Kさんという30代の女性患者さんが居て、病名は統合失調症だった。
特に幻視・幻聴・妄想等統合失調症の陽性症状が、
薬を飲んでも調子の悪いときは出てしまう事もあるらしい。

これは一つ前の話のM氏が保護室に収容されてしまう前の話だ。
俺はKさんと初対面で、喫煙所で色々と話していた。
Kさんは「今回のこの入院で運命の人を見つけた。」のだと言う。

Kさんは俗に言う、一目惚れというものをしているのだった。
Kさんがこの閉鎖病棟に来てから、まだ間もないし、今回は入院してすぐ閉鎖病棟に入れられたので
他の病棟でその人を見つけたというわけではない。
というか、この閉鎖病棟に入ってから一日で、運命の人を見定めた事になる。

一体誰だろう?

Kさん本人に聞いてもはぐらかすので、お相手を聞きだす事はできなかった。
喫煙を終え、部屋に戻ってもやることがないので、そのお相手が誰なのか自然と考え始める。

その運命の人は煙草を吸いに喫煙所に来る
Kさん本人が俺と同じくらいの年の男性であると言っていた

これらを踏まえると、思いつくのはただ一人。M氏だ。

M氏にこの事をやんわりと伝えようかとも思ったが、とりあえずやめておいた。
もしこの話が失敗して、後々勝手にKさんの気持ちをM氏に伝えた君(俺のこと)のせいだ。
なんて話になったら困るからである。
何より問題が起きて、自分が保護室送りになったり、入院を延ばされたらたまったものじゃない。

残り半月で退院できる予定なので尚更慎重に残りの日を過ごさないとならない。

そういう訳で、たまにKさんからM氏との愛の進展を聞くだけの傍観者になっていたのだが、
徐々にM氏のテンションが上がっていったようにKさんの発言も徐々に妙な変化を遂げていった。

最初の頃は・・・
やさしい彼を好きになりそう
話が上手いから好きかも

といった心中を語ってくれていたのだが、
何日かすると・・・
彼は私の事を好きに違いない
彼は私無しでは生きていけない

という風に変化していった。決して冗談で言っている風には見えなかった。

お相手のM氏はその頃どうしているかというと、例の躁状態になる一歩手前の状態だったのだが、
M氏はKさんの事をどう思っているのか、M氏の部屋へ行って本人に聞いてみると・・・

M氏「Kさんと俺が?いやそんなことは全く無いよ。初日以外あの人とまともに話した事ないしねぇ。
   愛し合ってるなんてことは一切無いよ

と言っていた。照れ隠しに嘘を言っている風には見えなかったので、
M氏の言っている事がおそらく本当のことなのだと信じた。

実際にM氏とKさんが仲良くしている所なんて俺も見た事も無かったのだ。

では、何故Kさんはあんな事を周りに言っていたのだろうか?

好きになりそう。だとか、好きかも、と周囲に言っているだけなら全然普通だ。
でも、ほとんどまともに話した事の無い相手が自分を好きに違いない。とか
自分無しでは生きていけない。というのはちょっと異常だ。

Kさん本人に問うのもなんだか怖いので、そんな事があったという事を
話の通じる看護士さんに話してみると・・・
看護士「それは多分Kさん側の恋愛妄想だね。
     M氏が私を愛してくれている。と、勝手に思い込んで、確信してしまったんだと思うよ。
     Kさんはね、調子が悪いと思い込みが激しくなっちゃって、
     〜かもしれない。とか、多分こうだろう。という疑惑や予想の域を越えて確信まで
     いってしまう事があるんだよ。」

とのこと。これで納得がいった。M氏とKさんがお互い愛しあっているというのは事実ではなく、
全部Kさんの頭の中で勝手に展開されていた妄想だった
のだ。

その看護士がKさんの主治医に今回の出来事を説明し、
処方の調節と看護士チームがKさんの妄想の説得に当たってくれ、
Kさんは徐々に回復し、俺の退院までには
Kさん「そんなことあるわけないのにね」と今回の自分の妄想を妄想だと認識できていた。

Kさんは開放病棟に居た時にも、妄想が原因でちょっとした問題が起きた事があったそうだ。
どんなものかというと・・・

病棟内で、Kさんより少し離れた場所で看護士二人が立ち話をしていて、
その会話の内容があまり聞き取れない位置にKさんは居た。
会話中、看護士が何気なくKさんの方へ視線を送った。

Kさんはその視線を感じ、さらにヒソヒソ程度に聞こえる会話を聞き、こう妄想した。

看護士達が私の方をチラチラ見て笑いながら話している
 あの看護士二人は私の悪口を言っているに違いない!


Kさんはそう確信すると、看護士二人に文句を言ってしまった。
実際、看護士二人は文句等言っていなかった
(もしかしたら本当に悪く言っていた可能性も無いわけでもないが、まず有り得ない)

その出来事のせいで、Kさんは病状が悪化したということになり、閉鎖病棟へ送られた。
だが今回の入院とは関係無い、昔の話だそうだ。

この話だけからもわかるように、妄想症状が出ている人に対して
誤解を招くような行為は厳禁
である。

妄想が肥大してどこまでいくかわからないし、
恐怖等のマイナスの要素がその妄想に伴ってしまうこともある為(被害妄想等)、
妄想を抱える患者さんにも辛い目に遭ってしまう。

以下のような事もあった。

自分が使わせてもらっている4人部屋に、一人の統合失調症の患者さんのP氏が居て、
部屋の窓の外に見える換気の機械が何なのかわからなくて怖い。と言い、
P氏「あれ、何?」と俺に聞いてきた。
俺「さぁ?なんだろうね」と答えたのだが、よほど窓の外の機械が気になるらしく、
30分おきに同じ質問をしてくる。

毎日毎日同じ質問を何回何十回もされてしまうので、我慢の限界に来てしまった俺は冗談混じりで
俺「あれは爆弾だね」と言うと
P氏「そんなことあるわけねーべ」と言われてしまった。
冗談と受け止めてくれたのだろうか?
いやそんなことは無かった。

それを言った日の夜、P氏が看護士に「爆弾で殺される」と訴えていたのだ。
窓の外の機械が爆弾だということを、誰に聞いたのか正直に看護士に答えるP氏
やばいと思ったんだが、P氏に何十回も同じ質問された俺の心中も察してくれたようで、
看護士に少し注意される程度で済んだ。

しかしP氏は本当に爆弾だと思い込んでいたはずなので、
その恐怖は計りしれないほどだっただろう。


ごめんまさか本当に信じるとは思わなかったんだ。


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