コップに浮かぶ物体X
保護室から解放され、その一週間後から現れてきた退薬症候も収まり、
他の患者さんとも大分打ち解けられてきた三週間目からは、
仲の良い入院患者さんと一緒に喫煙所に言って談笑したり、
風呂に誘い誘われたりと、平穏な入院生活を送っていた。

そんな中、事件は色々起こった。

T氏事故によって左腕が肩より上に上げられない障害こそ残ってしまったものの、
他は完全に健康なので 退院が近いはずだったのだが、障害者年金の受給をかたくなに拒んでおり、
年金の受給手続きを完了させてから退院させたい。という婦長と看護士の意見があり、
それとT氏の拒みがぶつかりあって、なかなか退院までこぎつけることが出来ないようだ。

そして補足だが、T氏も自分と同じ医療保護入院だ。
退院するには、保護者と医師の許可が必要で、自分の意思だけでは退院はできない。

そして、そうこうしている内にT氏が我慢の限界を越えてしまい、
回診の時に自分の主治医であるF先生に退院の事も含めて色々文句を言ってしまったのだ。

以下、診察直後の本人から聞いた内容
F先生が診察時に椅子にふんぞり返って足を組み、カルテだけを見て診察することが多かったので、
 T氏「医者と患者の関係といえど、そんなふんぞり返ったような態度は無いのではないか?」

・障害者年金の受給を拒み続けるあなた(T氏)の退院後の事が心配だから、
 退院するまでになんとか受給を承諾して欲しく、説得しようと思っている為に退院が延びている。
 病院側はそのように言っているが、
 T氏「それは建前であり、本音は少しでも長く入院させて入院費を取りたいからだろう。」

その翌日、T氏は長期入院の患者が入ると言われている3病棟に移動させられていった。
T氏「俺の訴えがF先生に届いて、この2病棟よりも良い環境の病棟へ移動になったんだぜ。
   ここに居るよりは退院が近くなったんだ」と、言っていた。

3病棟が長期入院が必要な方の為の病棟だと言うのは、俺が他の患者さんから聞いた話なので
本当にそうなのかわからなかったし、T氏自身がすごく喜んでいたので特に何も言わないでおいた。

・・・精神科の病院で、医療保護入院の患者は絶対に医師に逆らってはいけない
保護室に入れられたりすることもあるし、下手をすれば十分退院できるほど健康なのに
いつまで経っても医師が退院を認めず、ずっと入院させられることになることもあり得る。
医師に「まだ退院は無理ですね」と言われてしまえば保護者も納得してしまうことが多いらしい。

そしてT氏とは後々忘れた頃にある場所で再開することになる。

続いて、自分が入院してから一ヶ月後にはA氏3病棟に移動していった。
結局どこも悪くなさそうな人で、何で入院しているのか最後まで不明だったのだが、
金銭絡みで病院側ともめていると話していたので、
病気が良くなった後も、それが長引いてしまっているのだろう。

高校生のO氏も、その後すぐに退院

何やら仲の良い人が一気に同じ病棟から居なくなってしまったが、
それに代わる感じで新しい入院患者さんが入ってきた。

その中で特に仲良くなれたのは二人。
Iさん : 40台の女性。娘を溺愛している。
     着の身着のまま、この閉鎖病棟に放り込まれた可愛そうな人。

Y氏 : 30台の男性。ラーメン屋に勤めていたとのこと。

H氏 : そして仲良くなれた訳ではなく、自分に取って問題があったのがH氏。詳しくは後で。

Iさんはとにかく早く退院して、元旦那に預けているに会いたいようなのだが、
閉鎖病棟に入ってしまうと、どうしても外出しなくてはならない特別な事情が無い限り、
ほぼ例外なく、この病院では、入院してから一ヶ月は外出・外泊は認められない。

そして医師も「もう少し様子を見てから外出を許可します。」や
「後一週間見てから判断します。」といった、許可するのかどうか曖昧な返事をすることが多く、
医師の発言に振り回された挙句、結局外出を認められない事が有り、
Iさんがそれに切れて 自動販売機の側面を殴りつけた。

ドゴォッという鈍く激しい音が響いた。
幸い俺以外誰も見ていなかったらしく、問題には至らなかったのだが。
しかし次の日、喫煙所で会ったIさんの手の甲に何か跡ができている。
自動販売機を殴って、手が腫れたというような傷ではない、明らかに火傷の跡

自動販売機殴打の件があったので、その傷跡の事を聞くのが少し怖かったが
手の甲を傷跡を俺がちらちら見ているのに気が付いたIさん本人から 根性焼きした と聞かされた。

外出して娘に会えると期待していたのを、軽く受け流される形で拒否され、Iさん憤怒
自動販売機を殴打しても感情が抑まりきらず、喫煙所で手の甲に根性焼き。

その場に居合わせたY氏が言うには
「黙って煙草を吸っていると思ったら、急に手の甲に根性焼きし始めたんです!
 火が消えた後もこう、煙草を思い切り手の甲にぐりぐり押し付けてました・・・」だそうだ。

この傷跡は病院側に隠し通せるはずもなく、感情を爆発させてしまうと何をするかわからない
そういう印象をIさんは自分の主治医につけてしまったようだ。

これは退院に関してはマイナスだと思われたが、Iさんが
主治医のF先生に不当な扱いを受けたせいで、感情が爆発してこうなった。つまり病院側が悪い。
と、これで訴訟を起こすとほのめかし始めた為に、
F先生に「こういう問題を起こすようであれば、この病院に居てもらうわけにはいかない。」と
逆に退院を早めるような事を言われたそうだ。
こちらに勝ち目があるとは思えないが、病院側も面倒が起こるのは嫌なのだろう。

そんな事もあったが、結局Iさんは俺の退院一週間前まで2病棟に居た。
外出は前回の根性焼き事件の後にすぐ許可が下りたそうで、
外出して何度か娘に会えたら落ち着きが出てきて、
ゆっくり治療に専念しようという気になったのだと思う。
その後はたまに 俺は男になりてぇ とか珍発言が出たが(Iさんは女性です)、
半端無い根性焼きや自販機を殴打するといった危険なことは無かった。


こうやって書いていると、人に迷惑をかけるような人は居なさそうに見えるが、
残念ながら入院中に一人、居た。

入院してから2ヶ月目辺りの事だった。
俺は個室から4人部屋に移動してきて、残り一ヶ月であろう入院生活を満喫していた。

そこに同じ部屋に来たのがH氏。年齢はおそらく40代。ちょびヒゲが非常に気になる。
一応会話はできたが、あまり盛り上がりはしなかった。
土方をやっていたそうだ。その時は別に何も思わなかったのだが・・・

H氏が同室になってからの、ある晩の消灯(22:00)後の事である。3:00頃だったはず。
夜中に病室内で人影が動いているのと、俺の三段BOXを漁る物音で目が覚めた。

H氏が俺の三段BOXを漁っていた。
三段BOXの中には
・タオル
・石鹸
・歯ブラシ
・GBA
・単三電池
・漫画数冊
盗ってもしょうもない物ばかりだったのだが、何やら一生懸命に漁っている。
体感10分程度漁っても終わる気配が無い。
俺が目を覚ます前から漁っているのなら、
小さめの三段BOX一つ物色するのに10分以上かかっているということになる。
なんと手際の悪い物盗りだろうか。

とりあえず寝たフリを継続。
被害が出て、それを明日の朝に病院の職員に伝えれば、病院側が対応してくれると思っていたからだ。

しばらくすると、H氏は4人部屋の外へ出て行った
犯人はもうわかっているので、俺はしまっておいた物が物だけに被害を確認せずにまた眠りについた。

そして夜が明けた。
窃盗による被害は無し。だが一応看護士に昨晩の出来事を伝える。
が、信用されない
それどころか「また調子が悪くなってきたのかな?」と俺が言われる始末。

そういえばここは精神病院だった。
被害妄想を抱えている患者さんも居るので、確たる証拠を示さないと何か被害を訴えても信用されない
下手をすれば被害妄想→統合失調症の症状が出てきた→入院が延びる と取られることもある。

そしてまたある晩の事。
この病棟の消灯は22:00となっており、眠剤(睡眠薬)は21:30辺りに
ホールに隣接しているナースステーションの窓口から渡してもらって服用するのだが、
その時、うっかりコップを部屋に忘れた俺は、部屋にはや歩きで戻った。

部屋に居たのはH氏。何故かにやにやしている。ちょびヒゲが小刻みに動いて気持ち悪い。
そして目的のコップを自分の棚の上から取ったのだが、H氏がいかにも怪しい笑みを浮かべているので
コップをよく観察する。

少し前にホールでお茶を汲んできて、そのまま部屋に戻って自分の棚の上に置いておいた為、
お茶がまだ残っている。そのお茶の水面に何か浮かんでいた。

どうみても鼻クソです。本当に以下略

これは嫌がらせを受けた証拠になるのかなぁ、と思いナースステーションへそのまま持っていく。
一人の看護士に「自分で入れたんじゃないの?」と言われたが、
他の看護士方がさすがにそれは無い、と突っ込む。

しかしH氏が鼻クソを俺のコップに入れた所を見ていないし、
この鼻クソがH氏の物であるかどうかは判断がつかない
結局我慢してH氏が居なくなるか、俺が退院するまで待つかしか無いのかと思われたが、

前の三段BOX長時間物色事件被害を受けたのは俺だけでは無かったのだ。
どうやら俺の三段BOXを物色した後部屋を出ていって、
他の部屋に入って同じように他の患者さんの三段BOXも漁っていたらしい。

それも毎日。

そして他の患者さんからも訴えが来ており、その全員が犯人はH氏だ。と言うので、
H氏はこの病院では面倒を見切れないという事で、晴れて?強制退院となった。


☆戻る☆



inserted by FC2 system