●独房のシャドーボクサー
保護室二日目。目が覚めてから、ここが何処なのか理解するまで数秒かかった。

看護士さんが朝食を運んでくる。もの凄い速さで全部食べ切る。
そういえば、躁状態での自分は食べ物がすごくおいしく感じてしまい、暴飲暴食に走り勝ちだった。
そして前回のS病院退院後の食生活は、
「料理がおいしく感じてしまうから食べ過ぎてしまう
」というようなレベルではなかった。

誤解しないで欲しいので先に書いておくが、俺の好物は魚料理全般枝豆、と
実に健康的な食べ物を普段(躁状態ではない状態)は好むのだが、

あの時は
・白いご飯にマヨネーズを上からたっぷりとかけ、でかいスプーンで食べる。
・角食一枚にチョコレート等のクリームを付けて食べるのだが、クリームの量が異常
 新品のクリームを空けて、箱半分くらいの量をパンに付けて食べる。
・頓服としてもらっていた抗不安剤のワイパックスその辺でかじる

など、味覚障害も併発していたとしか考えられない。
特に3つ目は食べ物ではないのに、おやつのようにかじっていた。

後の健康診断では、肝臓か腎臓のどちらかが少し数値が悪かったのは
大量の処方薬を服用していたこともあるが、この異常な食生活も要因の一つだったと思う。
というかあのままあの無茶な生活を続けていたらほぼ間違いなく内臓がやられていただろう。

朝食を食べ終わって看護士さんが居なくなったのをみはらかってまたシャドーを始める。
やはりすぐに看護士さんが来て「なにしてるの?」と言われるので謝ってから大人しく横になる。
そして看護士さんが居なくなったのをみはらかってまたシャドー・・・以下略だ。
補足だが俺はボクシングを習ったりしたことは一度も無い

しかしシャドーを始めた途端に看護士さんが5分もしない内にすっとんで来るので、
天井についているのはやっぱり監視カメラなのだと確信する。

保護室に入ってから3〜4日はこんな感じで過ごしていたと思う。

5日目辺りから脳内でボクサーを引退し、大人しく過ごす。

そして一週間が過ぎた頃だろうか、ようやく保護室から出してもらえることになった。
看護士「もう変な事はしないでね、もししたらまたここに戻ることになるからね。」と
何度も念を押されたが、そこそこ落ち着いてきていたので、ある程度しっかりもうしませんと答えた。

鍵を空けてもらい、保護室の通路から出てまっすぐ歩いて行き病棟に入り、個室に案内される。
個室にはベッド、化粧台、三段BOXがある。窓は10cmしか空かない。

この時の自分の状態は、S病院にかかりはじめた頃のような丁度調子の良い感じだった。
薬がある程度、体から抜けてきたんだろう。

・・・やることが無いので部屋の外へ出て適当に病棟内を歩く。
女性の部屋がある方へは入っていけない仕組みになっているので、
男性側が自由に出入りできる部分だけしか把握できなかった。

・個室は3つ。
・4人部屋も3つ。
・トイレ・洗面所は清潔。ウォシュレットまで付いている。
・ホールにはTVが二台があり、テーブル・椅子が並んでいる。
 お茶も冷たい・熱いの二種類があり、普通の水もある。
 他には、新聞・UNO・トランプ・雑誌・麻雀・囲碁・将棋などが置いてある。
・ナースステーションはホールと隣接している。
・喫煙所もホール内にあり、ガラスと壁でホールと区切られている

ウロウロしていると喫煙所から「新人か。」という強い視線を感じたので喫煙所に入る。
ドアを空けると、先程自分がホール付近を徘徊していた時に喫煙所から聞こえていた
雑談の笑い声等が一斉に止まり非常に微妙な空気になる。

とりあえず煙草に火を付けようと思ったのだが、ライターは没収されていたので
どうすれば良いかわからず、煙草を一本出してもたついていると、
見た感じ四十過ぎの男性T氏に、喫煙所の壁に取り付けられている点火装置の事を教えて頂く。

それに素直に従い、お礼を言うと周囲の他の患者の警戒も解けたのか普通に会話が始まった。
その会話の中で分かったことは・・・

・ここはM病院の閉鎖病棟である2病棟だということ

・自分が居る2病棟は、閉鎖病棟と言われているが、
 急性期病棟とも呼ばれており、長くても3ヶ月でこの病棟から居なくなることが多い
 この2病棟で様子を見て、その後そのまま退院となるか、
 必要に応じて他の病棟でゆっくり治療を続けるかが決定される、とのこと。

・外の世界とは物理的に厳重に隔離されており、許可が無ければ一歩も外に出る事ができないこと

・医師の許可が無ければ外出・外泊は不可能であること

・全部で5つの病棟が存在する。
 1病棟 : 開放病棟
 2病棟 : 閉鎖病棟(急性期病棟) 保護室があるのはここだけらしい
 3病棟 : 開放か閉鎖かどうかは不明だが、長期入院が必要な方の為の病棟だと聞いた
 4病棟 : 不明。精神的な疾患以外をを伴っている方の為の病棟らしい
 5病棟 : 開放病棟 ホテルのような豪華な作りらしい。通称・天国だとか。

入院生活の中心となるのは、他の患者さんとのコミュニケーション
良くも悪くも個性の強い人達が多かった。

入院当初の頃、仲の良かった人を簡単に紹介する。

T氏 : 病棟に入ってから初めて会話した男性。50歳前後に見えた。
     車に跳ねられて10メートル以上飛ばされ、脳と肉体にダメージを受けてここに来た。
     交通事故によって左腕が肩より上に上げられない後遺症を負っていた。
     M病院に来た当初は、まだ箸も持てなかったとのこと。
     精神的な疾患は無い(風に見えた)。
     この事故に会うまでは商店をやっていた。

A氏 : 90歳男性。の割りにすごく元気。
     干支占い等が好きなようだ。病名は聞いていない。

O氏 : 男子高校生。ファミ通を購読している程ゲームが好きなようだ。
     5つくらい年が離れていたが、趣味が合うこともあり、この時は一番気楽に話せる相手だった。
     彼も自分からよく話し掛けてくれた。

保護室脱出後の一週間後辺りから頻脈動悸焦燥感等の退薬症候に襲われ、
ほぼ寝たきりになったが、M病院での新しい処方もあってやり過ごせない程ではなく、
退薬症候が過ぎれば平穏な入院生活を送れるようになった。

平穏というか、朝起きて食事を取り顔を洗い、他の患者さんと談笑している等、
普通のことを書いてもあまり面白く無いと思うので、
病院内で起こった印象的な事を中心に書いていくことにする。



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